メディック!【第7章】俺×母 降臨

第七章 俺×母 降臨

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第7章 俺×母 降臨

 宗次が折り入って話があるというので、休日勇登は彼を喫茶PJに連れて来た。宗次もPJという名前に反応したが、意味は不明というとがっかりした。
 勇登はいつものカウンターではなく、テーブル席に宗次と座った。

「俺、やばいかも」
 宗次は開口一番そういった。 

「なにが?」

 宗次は辺りをキョロキョロと確認した。
「……浅井さんのこと、好きになったかも」

「えぇ!あの男女を!」
 勇登は驚いて叫んだ。

「声、大きいよ!」
 宗次は慌てて勇登の口を塞いだ。
 こそこそ話をはじめた二人のところに、ナオがオーダーを取りにきた。  
 宗次はすぐに勇登とナオが親しいと気づき、勇登を白い目で見た。
「ふーん、仲いいんだ」

 勇登は美夏の前科?を思い出した。休暇明けにちゃんと説明したが、宗次は疑っているようだった。

「勇登はモテるんだな。まあ、俺も勇登のこと好きだからわからんでもないけど。で、どっちが本命なの?」

「何の話だよ」
 勇登は顔を引きつらせた。

「ん?待てよ、そういえば浅井さんもお前によくちょっかい出してくるよな。あ、でも彼女は駄目だからな」
 宗次は亜希央のことまで持ち出して、勇登の本命を詮索した。

 宗次にいわれて少し考えてみたが、自分が誰を好きとかよくわからなかったし、はっきりいって、愛だの恋だの今はどうでもよかった。目の前のことで精いっぱいで、そんなことを考える余裕がない。

「俺は今そっちに興味ないから」
 勇登はさらっとかわすと、すぐに宗次の恋愛に話を戻した。

 勇登がいつものように内務班のベッドに突っ伏してると、携帯が鳴った。
 体は動かさずに手だけを動かして携帯を探す。疲れて動きたくない勇登は、相手もろくに確認せずに電話にでた。

「今週末引っ越すから、よろしく」

「へ?」
 勇登は飛び起きた。

「小牧に転属。冷蔵庫にビール冷やしといて」
 それだけいうと、由良は電話を切った。

 五郎は滑走路に定期便のC1が着陸するのを見届けると、ベースオペレーションの待合室に向かった。

「お久しぶりです、熊野曹長。どうしたんですか?こんなところで」
 C1で小牧基地に降り立った由良は、目を見開いた。

「おつかれさまです、志島2佐。いやいや、うちにいる同じ苗字の人間が『今日恐ろしいものが、小牧に来る』と大声で噂してまして」
 由良ははにかんだ。

 五郎は由良とオペレーションの前で飛行場地区を見ながら立ち話をした。
 由良とは、はじめて着任した部隊で知り合って、もう25年以上の付き合いになる。由良は幹部、五郎は空曹という立場で五郎が二つ年上ではあったが、基地内の合気道部で一緒になり、仲良くなったのだった。

「相変わらず、鬼ですか?」
 そうきいた由良は、少し躊躇しているように見えた。
 本当は息子のことを知りたいのだろうが、立場上遠慮しているのだろう。彼女の母性に触れて、五郎の心は温かくなった。

「まあ、鬼ですかね。今時スパルタは流行らない、古いっていう人もいますけど、僕は必要だと思ってるんですよ。この仕事は常に、反省後悔迷いが尽きない。過酷な任務を乗り切るためには、強い心が必要なんです。ところで、志島2佐は、植物とか育てますか?」

「いえ、サボテンを枯らすタイプです。そういえば熊野曹長の趣味って、確かガーデニングでしたよね。見た目とのギャップ、激しいですよね」
 由良はそういって、くすっと笑った。

 きっと皆そう思っているのだろうが、彼女のようにはっきりという人は少ない。見た目が怖いせいで、本当のことをいってもらえないこともある。
 彼女は自分にとって貴重な存在だ。

「昔小さな温室で植物を育ててたことがあるんです。掃除をした冬のある日、温室に入れ忘れた植物があったんです。数日後に気がついたとき、そいつはぐったりしてました。焦って温室に戻しましたが、そのまま枯れてしまいました」

「……それは、残念でしたね」

「実は僕、新しい学生がくる度に、彼らに種を蒔いています」

「へえ、面白いですね」
 由良は興味深そうに五郎を見た。

「地面にどっしりと根を張るには、ただ発芽させるだけじゃ駄目なんですよ。散々踏みつけられて発芽した種は強いんです。そうやって、一度底まで落ちてから、再び這い上がった心は強くて、たとえ体が悲鳴を上げていても、心がまだやれると思えば体はついてくるんです。僕は学生に罵声を浴びせながらも、その中にある種の状況を見てます。水は足りてるか、栄養をちゃんと吸収しているか、気にしているんです。だから、安心してください」

 五郎がそういって微笑むと、由良は安心したように笑った。

 週末の夜、勇登はかけ足で実家に帰った。
 学生は平日外出できないから、ビールを冷やすことができなかった。コンビニの袋片手に焦って家のドアを開ける。
 酒がなくて暴れているかもしれない。


 勇登が恐る恐るリビングに入ると、由良はおかえりもいわずに「ナオちゃんとはどうなってるの?」とビール片手にぶしつけにきいてきた。
 どこから出してきたのか、高校時代の勇登の青いジャージを丈を詰めることなく着こなしている。勇登に期待していなかったらしく、由良は自分でビールを用意していた。

「別にどうもなってないよ。つーか、なんで俺がナオと会ってること知ってる?」

「ナオちゃん高校生の頃かわいかったよね。もう23だって?行ってみようかな、喫茶PJ」

「質問に答えろよ」

 勇登は頭を抱えた。
 高校生の頃、由良が当直のとき喫茶PJで夕飯を食べていることを漏らしたら、すぐに「挨拶に行かなきゃ」といいだして、次の日には菓子折りが用意されていたことがあった。
 ちゃんとお金も払ってるし大丈夫といったが「そういう問題じゃない」といってきかず、仕方なく連れて行ったことがあった。
 連れて行ったら行ったで、店の中で「ナオちゃんかわいいねぇ」とエロいおやじのような口調でささやいてきたり、帰ってからもこれまた企みのある変質者のような目つきで擦り寄ってきては、「やっぱり女の子はいいねぇ」と耳打ちしてきたのだ。
 その後も、夕飯作るの面倒になったとか、あれこれ理由をつけては何度も「行きたい」といってきて、止めるのが大変だった。


 由良はニヤニヤしながらいった。
「ふふふ、み・か・ちゃん。知り合いなのよ。勇登は鈍いわね」

 勇登はどうして美夏が勇登の実家を知っているのか、ずっと気になっていた。クラス会に呼んでくれた同級生にでもきいたのだと思っていた。
 WAFは思いもよらぬところで繋がっていたりする。
 全くもって油断ならない。

「絶対に行くなよ。話がおかしくなるに決まってる」
 勇登は由良に背を向けながらそういうと、冷蔵庫にビールを入れた。

「なによ、あたしはただ働く女性を応援したいだけなの。頑張れ~、っていいたいだけなの」
 かわい子ぶった由良の声を、勇登は背中越しにため息をつきながらきいた。


第8章へつづく


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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2021年12月8日

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