これまでのお話。
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9月。新幹線のホームには人っ子一人いなかった。
私と母だけ。二人はベンチに腰掛け目の前の線路を眺めていた。
昔母が『私を連れて東京に行く。』といった真相を確認するチャンスだと思った。
私は意を決して口を開いた。
「ねえ、昔私を連れて東京に行くっていったこと思えてる?」
母は、「覚えていない」といった。そして、暫く間があって、「……でも、そんなこともあったかもしれない」と続けた。
――やはり覚えていなかった。
わかっていたが、少しガッカリした。きっと私は覚えていて欲しかったのだ。
母が覚えていないのであれば、理由をきくこともできない。
いつのまにか私の目には涙が溢れてきていた。最近はすぐ泣く。
私は静かに泣いた。マスクが涙を隠してくれたので、いつもするようになんてことない風を装った。
それ以降は母の顔を見ることができずに、ただ真っ直ぐ前を向いていた。
自分にとって重要なことが、相手にとっても重要なことであるとは限らない。ただ、そんなこともあったかもしれない、といってくれたことに少しだけ母の優しさを感じた。
ガランとして空き空きの新幹線に乗っても、私の気分はどこか落ち込んでいた。しかし、一つ目のミッションは無事に完了したのだ。
気分を切り替えて、これ以降は二つ目のミッションである「お母さんと手を繋ぐ」に集中することにした。
☆
旅行2日目。私と母は東京ディズニーシーを満喫していた。
この日は、ディズニーシー内のホテル『ミラコスタ』を予約していたので、歩き疲れた我々はチェックインを済ませ夕飯の予約時間まで部屋でまったりすることにした。
レストランの予約時間が迫り余裕を持って部屋を出たはずだったが、パーク内のホテルであっても、もう一度正面入り口から入園する必要(再度手荷物検査等)があり、思っていたよりも時間を取られた。
私と母は、火山下のレストランまでの道のりを急いだ。
まだ、2つ目のミッションをクリアしていないことも気がかりだった。理由なく「手を繋ごう」とはなかなかいえないものだし、自然に繋ぐのも結構難しい。思春期中学生男子の気持ちが何となくわかった気がした。
薄暗くなった空を背に、山が火を噴いた。
あの麓まで行くのには時間がまだまだかかりそうだ。母は急いでくれてはいたが、どこか足取りがおぼつかない。
私は今しかないと思い「手を繋いでいこう」というと、母の手を掴んで引いて歩いた。
――母と手をつなぐなんて何年ぶりだろう。
遂にやった。
お母さんの手は柔らかくてぷにぷにしていて、意外に小さくて、温かかった。
母は私の手を振りほどくことは、しなかった。お母さんは少し嬉しそうに私と手を繋いだ。私はそれを確認すると前を向いてぐんぐん歩いた。
この状況でも、大人の私の理性が勝っていた。レストランの予約に間に合わない。
歩きながら、
――こんなものか
と、正直思った。
――どこかの小説のような筋書きにはならない、と。
これがフィクションであれば、想像を膨らませて私は母との感動を書きなぐるだろう。でも、その瞬間現実は何も変わったように感じなかった。残念だけど。
ただ母の手を引っ張りながら自分の中に、ある想いが湧いてきた。
――本当は私が引っ張ってもらいたかった。
ああ、そうだね。
ずっと、そう思ってたんだね。
私は。
私の理想とはずいぶん違ったが、母と手をつなぐというミッションは完了した。
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