第1章 俺×由良 夢のカケラ 1-5
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――6年前。
「お父さんもういないんだね」
部隊葬が終わって、制服という名の鎧を脱いだ母がいった。
勇登は母が濃紺のそれを丁寧にハンガーにかけるのを、泣きはらした目でただ見ていた。
「なんか食べよっか」
母は食材を探し始めた。
「簡単なものでいいよね」
そういって単身赴任先の夫の台所に立った母の背中は、いつもより小さく見えた。
官舎の中でも単身向けの間取りで、キッチンも小さなものだった。4月の北海道はまだまだ寒くて、官舎の1階は地面からの冷気で底冷えしているように感じた。
「手伝う」
勇登は母の横に立った。
この春から中学生になった勇登の身長は、172センチの母には全然届いていない。
「これ、洗えばいい?」
勇登は人参を取り上げて母を見た。
笑顔で「うん」と答えた母の両目からは、滝のように涙がこぼれていた。それでも、彼女は何事もないように手際よくキャベツを切りはじめた。
――自分が泣いてるって気づいてない。
そんな母を見て、再び涙が溢れた。
母の涙で勇登は父が死んだことを実感した。
勇登も泣きながら人参を洗っていると、それに気づいた母は手を拭いて勇登の後頭部を自分の肩に引き寄せた。
「そうだよね。つらいよね。ごめんね」
母は悪くもないのに謝った。勇登は「そんなんじゃない」といいたかったが、声にならなかった。
『俺に何かあったら、母さんを頼むぞ』
父の口癖だった。
今になって父の言葉が身に染みた。
――母さんは強いから大丈夫だって思ってた。でも、あの母さんが泣いた。
母さんを助けたいのに。支えたいのに。涙を我慢すると、今度は鼻水と嗚咽が邪魔して、勇登は何一つ言葉にすることができなかった。
母の涙を見たのは、それが最初で最後だった。
その日以来、父とその仕事の話が志島家でされることはなかった。
――俺は無意識のうちに、完成していた夢というパズルのピースを隠した。
そうすることが、一番いいと無意識に思ったのだろう。けれど今、そのピースが見つかり、メデックになりたかったことを、はっきりと思い出した。
――でも、それだけは絶対に駄目なんだよ。
パズルのピースは見つかった
けれどもそれを元の場所にはめ、夢という名のパズルを完成させることはできない。
勇登は、ゆっくりと文集を閉じた。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。
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