第6章 ナオ×美夏 セラピスト 6-4
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その夜。
美夏が風呂からあがると、氷水が用意されていた。
「そういえば、パイロット目指してるんだよね。さっきは墜落とかいってごめんね」
美夏はナオがそんなことまで気にしてくれたのかと驚いた。
勇登に連れられてここに来たときは、歓迎されてない気がして少し怖かったが、本当は優し人なんだ、と美夏は思った。
「いえ、大丈夫です。小学生の頃私が、墜落が怖い、っていったら志島君が、俺が助ける、っていってくれたんです。だから、今はそんなに心配してないです」
「あいつそんなこといったんだ」
ナオは少し口を尖らせた。
「ねえ、敬語やめない?勇登の同級生ってことは、同い年でしょ」
「はい。あ、うん」
美夏ははにかむと、氷水を一口飲んだ。
「それで、さっき勇登からちょっときいたけど、美夏は今スランプなんだって?だいたいなんで戦闘機パイロット目指してるの?」
「私、子どもの頃からずっと戦闘機が好きでね、はじめは飛行機を見てるだけで楽しかったんだけど、そのうち、それで空を飛んでみたいって思うようになったの」
「ふーん、夢が叶ってよかったじゃん」
「そうなんだけど、どうしてもなりたくてなったのに、訓練も厳しいし最近はずっと失敗続きで、教官にも散々いわれて、なんか急に嫌になっちゃったの。はじめは絶対飛んでやるって思ってたのに、全然飛びたくなくなっちゃって……。そしたら今度は、好きではじめたくせに、そんなこと思ってる自分まで嫌いになってきたの」
「なるほど、わかるわー。私も自分で決めてこの仕事してるけど、たまに嫌な客がいればむかつくし、そんな小さなことにイライラする自分が嫌いだわ。あ、やってる内容が全然違うから、比べちゃダメか」
ナオは表情をくるくる変えながらそういうと、最後に舌を出した。
「ナオちゃんって、なんかかわいいね」
ナオは少し赤くなると、再び口を開いた。
「勇登もよく教官が怖いっていってるけど、美夏は『こんにゃろ~』とか思うことないの?」
「えぇっ、だって私が悪いからいわれてるのに、そんなこと思えないよ。私がちゃんとできれば、教官だって怒らずに済むんだし……」
「美夏は全部自分で抱え込んじゃうんだね。時々本当の気持ち吐き出さないと、いつか全然関係ないところで爆発しちゃうよー」
ナオは頭の上に伸ばした両手を大きく左右に開くと、ドカーンといって笑った。
「きっと美夏は真面目なんだね。あ、悪い意味じゃなく。私は訓練の大変さとかよくわからないけど、美夏が最初に思った空を飛びたいって純粋な気持ちまで否定しちゃったら勿体ないと思う。そこだけは大切にしてあげなよ」
それからナオはとことん美夏の話をきいてくれた。
そして突然「ストレス発散しよう!」といって座布団を二枚持ってきた。ナオは座布団を二つに折ると「こうやるの」と美夏にいった。
「勇登のバカヤロー!」
ナオはそう叫びながら、思い切りパンチした。座布団は、ぼふっといい音を出した。
「さあ、次は美夏の番よ!」
美夏は目を見開いて両手を振って抵抗したが、ナオに促されて結局やる羽目になった。
「ば、ばかやろ」
「声が小さいよ!さあ、ムカつくあいつを思い浮かべて、もう一回!」
渋々やる美夏に、ナオが喝を入れた。
「きょ、教官のバカヤローー!」
強烈なストレートが座布団に決まった。
美夏とナオは顔を見合わせると、大声で笑った。
その後も二人で、座布団と格闘しては笑う、というのを繰り返した。
美夏はどうして、勇登がこの喫茶店に自分を連れてきてくれたのか、何となくわかった気がした。
――自然な自分でいられるんだ。
ナオと話しているとほっとした。
ここでは精神論も根性論も学生パイロットらしくある必要もない。
これまでは他人を悪くいうのが怖かった。嫌われるのが怖くて嫌なことは、全部自分が飲み込んだ。どこへも吐き出せず、ずっと自分の中に溜め込んだ。
あんなことしたのははじめてだったけど、こんな自分もありかなと思えた。
ナオはありのままの自分を受け止めてくれる。
叱られてばかりで、自分を見失いかけていた。
だから、それが嬉しかった。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。