小説『メディック!』

#49『メディック!』【第10章】 10-3(剣山×子猫)+俺  思い出

2022年4月6日

第10章 (剣山×子猫)+俺  思い出 10-3

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 その日の夜。事件はおきた。
 子猫のことを秘密にするどうこう以前のスピードで、それはおきた。

 こしろがいなくなった――。

 昼食のとき、名前をつけようという話になった。白色だから『しろ』にしようとしたが、それでは単純だから白色の子どもで『こしろ』にするで話がまとまった。
 しかし、訓練を終えて部屋に戻ると、こしろの姿は消えていた。急遽全員で手分けして探すことになった。内務班に猫を連れ込むなど前代未聞だ。こんなことがばれたら、ただでは済まされない。必ず自分たちが見つけ出さなければならなかった。

 ――怪我をしているし、まだそう遠くへはいってないはずだ。

 勇登は救難教育隊の方へ「こしろ、こしろ」と小声でいいながら歩を進めた。


 勇登はふと、ニャーの名前は、猫はニャーって鳴くからニャー、という理由で由良がつけたことを思い出した。
 ニャーを連れ帰った日、母は勇登を「よくやった」と褒めてくれた。しかし、その後はニャーを官舎に入れてもらえなかった。勇登は近くの公園にニャーといるようにいわれ、しばらく待っていると父がやってきた。父は「母さんの知り合いの家に猫を連れていく」といった。すっかり飼う気でいた勇登が「どうして?」ときくと、父は「官舎は動物ダメなんだ。父さんすっかり忘れてたよ。ごめんな」といった。
 その夜勇登は家族の誰とも話さなかった。
 しかし、次の日事態は急転した。母が学区内で基地からも近い一戸建ての物件を探してきたのだ。母は「週末、引っ越すわよー!」と元気にいって、勇登は父と二人で大喜びした。


「勇登、こしろいたか?」
 そういって近寄ってきた剣山に、勇登は首を振った。

「すまんな、こんなことになって……」
 剣山は伏し目がちにいった。

「でも、どうしても放っておけなかったんだ」
「わかりますよ。俺もきっと同じことしたと思います」

「……ありがとう。俺昔猫に助けられたことがあるんだよ」
「猫を、じゃなくて、猫にですか?」

「そう、猫に助けられたんだ」
 こしろを探しながら、剣山は当時の話を勇登にしてくれた。

 剣山は同期の中で唯一の妻帯者だった。彼には来年の春から小学生になる男の子がいたが、幼児の頃は喘息がひどく何度も入院して、奥さんはその付き添いで一時期家に誰もいないことがあったといった。

「いつもいる人たちがいないと、すっげえ寂しいの」
 剣山はこれまでに見せたことのない、苦痛と笑いが混じった表情でいった。

 そんなある日、剣山は借りていたアパートの垣根の間に白い猫がいることに気がついたのだった。野良猫だったが自分が帰る時間には必ずいた、と彼はいった。

「ある日そいつが『おかえり』っていった気がしたんだ。だから俺も『ただいま』っていったんだ」
 剣山は自分の行動を思い出して可笑しかったのか、くすりと笑った。
 その白猫のお陰で、彼は家に帰るのが少し楽しみになったといった。
 それから、子どもの体調がよくなって、家族が家に戻ってきた。白猫は変わらず垣根の間にいた。剣山は挨拶を続けた。けれども、ある日の夕方、白猫の姿がなくなった。剣山は一瞬疑問に思ったが、野良猫だしそれほど気にしなかったといった。

「そしたら、次の日の朝、白猫が車にひかれて死んでるのを見つけたんだ」
 剣山は眉間にしわを寄せてそういった。

「そんな……」
「真っ白な毛皮が真っ赤に染まってた。俺にできたことは、道路の端に寄せて、役所に電話をかけることだけだった。だから、あの白い子猫の足の血を見たとき、どうしても助けたいと思った」
 勇登は言葉を見つけられず、剣山の肩に手を置いた。

 これまでも剣山は家族の話をよくしていた。というか、プライベートな話は全て家族のことだった。
 そして、その家族がいないとき白猫が彼を癒してくれた。しかし、その猫は死んでしまった。だから、別の形でもその恩返しがしたかったのだろう。
 ここぞというとき、いつも彼は強かった。彼の場合、これまでのつらい訓練は、家族の存在があったから乗り越えられたのかもしれなかった。

 ――家族がモチベーションになっているんだ。

 勇登は剣山の強さの秘密を、少しだけ垣間見た気がした。

 五郎は外の新鮮な空気が吸いたくて表に出ると、思い切り背伸びをして、腕をぐるぐる回した。最近は帰りが遅くなりがちだった。

 ――あれは、なんだ?

 白くてもふもふとした小さいものが、暗闇の中でひょこひょこ動いていた。
 五郎は気配を消してそれに近づくと、両手ですくい上げた。そして、すぐに足に巻かれた包帯に気づいた。
 五郎はひとり思案した。

 以前、千歳にいたとき、基地内で鹿の親子やウサギに遭遇したことがある。それはよくあることだった。しかし、子猫に会ったことはない。しかも、怪我をしていて、誰かに手当てされている。
 これはどういうことか――。

「あっ」
 誰かが遠くでそう叫んだ。

 五郎が顔を上げると、そこには勇登と剣山の姿があった。


 つづく


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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