第11章 俺×雪山 願い 11-2
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「近くにすごくいい神社があるから、みんなで行こう」
冬季山岳実習を控えた週末、突然剣山が提案した。
基地前の駅から単線の電車に男五人で乗り込むと、座席の女子高生が、ガタイのいい男が揃って一体どこへいくのだろう、という目で勇登たちを見た。
「そういえば、こしろ、熊野家に引き取られることになったんですね」
勇登は隣にいた剣山に話しかけた。
五郎はこちらに家を建てていて、そこで家族と暮らしていた。
「ああ、なんでも家に連れ帰ったら、娘さんが大喜びしたらしくてな。もうどこへもやれなくなった、って。最初から最後まで世話になりっぱなしだよ」
「でも、よかったですね」
「ああ、ほんとに」
剣山は満面の笑みを見せた。
田縣神社の鳥居をくぐると、剣山と勇登以外は全員ポカンとした。
「すっげー」
吉海がニヤニヤしながら叫んだ。『小牧のことはなんでもきけ』といっていた割に、ここは知らなかったようだ。
その神社の御神体は、男性を象徴するものだった。木製の巨大なご神体が堂々と祀られている。勇登は神社の名前を聞いた時点でわかっていた、ここいらでは有名だ。
剣山は「いやー、昔ここでお参りしたら彼女ができたんだよ。それが今の嫁さんなんだ」と照れ臭そうにいった。
なんか想像してたのと違う、という感じではあったが吉海が大はしゃぎしているのでみんなで折角の機会を楽しんだ。
宗次は何を思ったのか突然「俺、検定合格したら告白する」といい出した。勇登が「俺も」というと、宗次は「誰に、誰に?」としつこく詮索してきた。
風で絵馬同士がぶつかってカラカラ鳴る。
その心地よい音色が天に昇って、願いを叶えてくれる気がした。
*
五郎は、冬季山岳実習の準備を終えると、いつもの喫煙所にやってきた。
煙草の箱をトントンと叩いて、一本取り出すと、ライターで火をつけた。五郎はちりちりと燃えて煙草が短くなっていくさまをぼんやり見た。
――どうして、俺じゃなくてあいつだったんだろう。
あの日俺が下に残れば、今ここで教官をしているのはあいつだったかもしれない。
最近は、生きる、とは命を削ることなのだと思うようになった。毎日命を少しずつ削って、それをエネルギーにして生きる。普段は小さく削って、ここぞというときは大きく削る。そして、最後は削る命がなくなって人は死んでしまうのだと思う。
もし、同じ命を削るのだとしたら、自分は毎日何をするのか。
そう思ったとき、この仕事は俺にいちばんしっくりくる。
というか今の自分にはこれ以外考えられない。
五郎は手に持っていた、使い込まれたいぶし銀色の航空士徽章を月明りに向かって透かした。
この徽章をつけた時点で、自分の死に対する覚悟はできていた。誰に強要されたでもやらされたでもない、自分で望んでこれを取りに行った。
でも、同僚の死に対する覚悟はできてなかった――。
――明日、雪山に行ってくる。
いよいよ最後の実習がはじまる。課程教育も大詰めといっていいだろう。
――帰ったら、また報告するよ。
五郎は、航空士徽章を再びハンカチに包むと、喫煙所を後にした。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。