プロローグ
物心ついた頃から、引っ越しばかりしていた。
両親が航空自衛官という環境は、幸か不幸か俺に多量の経験をもたらした。
救難員の父と総務幹部の母は、結婚してからの殆どの期間、別々に暮らしていた。というのも航空自衛官に転勤はつきもので、空曹である父は7、8年、幹部である母は2、3年に一回のペースで引っ越す必要があった。
父の仕事は突発的な任務が多いという理由で、俺は母について全国の官舎を渡り歩いた。いつの間にか、毎朝基地から漏れ聞こえる起床ラッパの数秒前に起きれるようになった。母に「あんたはもう自衛官ね」などといわれ、得意げになったものだ。
俺にとって母親は、最強な上に最恐、聡明でよく笑い、いつもそばにいるのが当たり前な人だった。しかし、父と一緒に住んだのは、母の育児休暇期間中の3年間と、父と母が同じ静岡県の浜松基地に配属になった小学4~6年の約3年間だけだった。
俺にとって父親は、小3までは2、3ヵ月に一度会うのが楽しみな人、小4からはそばにいて毎日を楽しくしてくれる人。そして、中1からは会いたくても会えない人になった。
その頃だったと思う。
俺は心の中にあった大切なカケラをなくした。
それは、既に完成していたパズルのピースを、一つ失くしてしまった感覚に似ていた。
でも、俺はそれを探そうとはしなかった。
それがなくても生きていけるし、なによりも、そうすることで
誰も傷つかずに済むのだから――。
用語解説
☆空曹(くうそう):航空自衛隊の階級。階級は大きく分けて幹部、空曹、空士がある。空曹には空曹長、1等空曹、2等空曹、3等空曹がある。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。
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