小説『メディック!』

#14『メディック!』【第2章】 2-5 俺×受験者 救助

2021年7月14日

第2章 俺×受験者 救助 2-5

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 全ての試験を終えた勇登は、部隊に持ち帰るお土産を買うためにBXにきていた。最後の課目は目標に届かなかったが、不思議と気分は清々しかった。

「よお、ヒーロー」
 後ろからそうささやかれ、勇登は嫌々振り返った。
 一番会いたくない奴、ジョンだった。
 勇登は彼を無視して再びお菓子のパッケージに向き合った。しかし、ジョンはそんなことお構いなしで話を続けた。

「でも、お前は合格できない。今回は俺の勝ちだな」
 ジョンは勇登の顔を覗き込んでニヤリと笑うと、満足そうに去っていった。
 ジョンは普段無口で、しゃべったと思ったらいやみしかいわない、いけ好かない奴だった。勇登は持っていたカゴに、手羽先とか、みそカツとか書かれた菓子箱を無造作に投げ入れた。

「ねえ、君、WAFの子助けた志島君だよね」
 再び背後から話しかけられた。振り返ると制服姿の男が立っていた。初めてみる顔だ。胸元の名札には吉田の文字、胸板が厚いことは制服の上からでもわかった。でも顔は怖い印象はなく、どことなく笑みを浮かべていて優しそうな感じがした。

「僕、吉田宗次(よしだそうじ)、今回一緒に試験受けてたんだけど……」
 宗次は目じりにたくさんの皴を寄せて笑った。勇登より階級が一つ上の3曹だが、妙に腰が低い。

「それにしても志島君はすごいね。あんな状況で動けるなんて。僕はただ見てることしかできなかったから、尊敬するよ」

「はあ、どうも、ありがとうございます」
 今日は冷やかされたり、褒められたり、忙しい日だ。

「よければ、今夜隊員クラブに飲みにいかない?」
 勇登はその誘いを受けた。少し気晴らしをしたい気分だった。


 勇登は目の前に運ばれたビールをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。風呂上がりのビールは格段にうまい。炭酸が五臓六腑に染み渡ると、テンションが上がってきた。
 ここに来る前、宗次と一緒に隊員浴場に行き色々話をした。彼は勇登の一期先輩だが、同い年ということや、出身は福岡県で職種は警戒管制であることがわかった。

「志島君はこれまで、試験のためにずっとトレーニングしてきたんだよね?」

「まあ、ね」
 宗次は先輩だが、同級生だから敬語はいらないというので、勇登は普通に答えた。

「今日のこと、……後悔してない?」

「……俺がそうしたかったから、そうした。っていうか、気づいたら潜ってた。だから、後悔のしようがない」

「へえ、かっこいいこといってくれるじゃん」
 そういいながら宗次がジョッキを持ち上げたので、勇登はそこに自分のジョッキをぶつけた。
 そして、お互いに一気に飲み干した。
 宗次にいったことは、嘘ではなかった。自分でも不思議だった。気づいたら亜希央を追いかけてたのだ。

 その夜は、閉店まで二人で飲み明かした。

 ――翌日。

 昨日少し飲み過ぎたことを反省しつつ、勇登は外来宿舎を出た。

「そこの助けてくれた人!」
 勇登の頭に、裏返って少し高い声が響いた。
 そこには作業服姿の亜希央がいた。

「……き、きのうは……」
 勇登は亜希央の顔に手をかざして言葉を遮った。

「いっとくけど、俺は自分の意志で動いた。だから、君はなんにも気にする必要がない。すべて俺が勝手にやったことだから」
 亜希央は何かいいたそうに口をパクパクさせた。
 勇登は構わず続けた。
「それに、次回も受けるんだろ?」
 それをきいた亜希央の目は一気に真剣みを増し、彼女は力強く頷いた。

「また会おう!」
 勇登はそういうと、亜希央に背を向けた。

「あ!き……、きのうは、ありがと!」
 勇登が振り返ると、真っ赤な顔の女子がいた。
 この一言が明日から、いや、今日帰ってから再びはじめるトレーニングの励みになる。

 勇登は満面の笑みを返すと、大量のお土産袋を抱え入間基地への帰路についた。

つづく

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。


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