小説『メディック!』

#26『メディック!』【第5章】 5-5 (宗次×亜希央)+俺 もう一人の同期

2021年10月13日

第5章 (宗次×亜希央)+俺 もう一人の同期 5-5

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 訓練終了後の教官室では、宗次の件が議題になっていた。
 武造からことの詳細をきいた五郎は、もうしばらく様子を見る、という決断をして本日は解散となった。

 武造は小さく息をついた。
 今回先輩教官の補佐を受けながら、自分が水難救助訓練をメインで担当している。責任ある仕事だ。
 ここ数日、頭には常に宗次のことが張り付いている。
 寝ても覚めても彼のこと。
 はっきりいって恋人以上だ。

 同じ試験を通った学生とはいえ、個人差はある。体力的にも精神的にも。
 教官は学生に徹底的に基礎を叩きこみながら、個性、能力を見極める。そして、課題という壁を用意する。状況を見ながら壁を徐々に高くして、学生の限界を引き上げる。教育用のシラバスも、ちゃんとそのように構成されている。
 自分も学生だった頃は、ただ目の前の課題を乗り越えることに集中すればよかった。しかし、教官は違った。怪我がないように、事故がないように常に気を張り詰めておく必要があった。危機管理能力を発揮してあらゆる事態を想定しながら、常に学生の一歩先を行かなければならなかった。

 学生は同じように見えてみんな違う。
 同じ服装をして、同じ行動していると、心がないんじゃないかと思う人もいるだろう。
 でも、実際はみんな違う。
 生まれた日も、親も、場所も、育った環境も、考え方も、誰一人として同じ者はいない。それぞれが個性を持った一個人なのだ。

 武造は五郎が教官室を出るのを見計らって、席を立った。

 亜希央は整備作業を終え、今日のトレーニングメニューを考えながら廊下を歩いていた。すると、五郎が教官室から出てきた。亜希央が口を開きかけると、武造が五郎の後を追って出てくるのが見えた。

「曹長、ちょっといいですか?」
 武造が先に五郎を呼び止めた。

「曹長、以前、種の話してくれたじゃないですか」
「ああ」

「……俺、踏みつけ過ぎでしょうか?」

 深刻な表情の武造を見て、亜希央は廊下の陰に隠れた。

「田代2曹は学生のこと信じてるか?」
「……信じてます。彼らはどんな状況を与えても、必死にくらいついてきますから」
 武造は力強くいった。

「吉田は一人じゃない。あいつには支えてくれる同期がいる。学生よりも先に、俺たちが諦めることはない。俺は、もう少し見守りたいね」

 そういって立ち去ろうとする五郎に、武造がいった。
「あの、……どうしてあいつを採ったんですか?」

「どうして、そう思う」
「え、いや、吉田は体力はあるけど、素直過ぎて傷つきやすいところがあると思うんです……」

「そうだな。俺もそう思うよ」
「じゃあ、どうして……」
 武造の顔に困惑の色が浮かんだ。

「め、かな」
「目、ですか?」
 武造は自分の目を指さした。

「そう、俺は吉田の目が好きだ。あれは、すでに相当の苦難を乗り越えた者の目だよ」
 五郎は少し遠くを見るようにしていった。

「ふうん」
 立ち聞きしていた亜希央は口を尖らすと、その場を離れた。

 勇登が宗次の後をこっそりつけると、宗次はプールにやってきた。
 やはり放ってはおけなかった。

 プールサイドに座る宗次の様子を勇登が密かに見ていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこには剣山と吉海が立っていた。
 三人でどうしたらいいかコソコソと相談していると、プールサイドに新たな人物が現れた。その姿に三人は騒然とした。

 それは、両手足をロープで縛った作業服姿の亜希央だった。

「吉田宗次!」
 亜希央が宗次に向かって叫んだ。

 突然そんな姿で現れた彼女を、宗次は驚きの表情で見た。

「あんたの目とやらを信じる!」
 亜希央は縛られた両手を挙げて高らかに宣言すると、ピョンピョンとジャンプしてプールに飛び込んだ。


 
つづく


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。

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