第13章 五郎×俺 残された仲間 13-3
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――ああ、煙草がすいてぇ。
持ってない、その上、あったとしても雪の圧で手が動かない。
五郎は巻き込まれる直前、とっさに口の前に作った空洞に向かって叫んだ。
「おーい!」
しかし、こもった声が鼓膜に響いただけだった。
とりあえずの生存可能時間は、早くて10分といったところか。
全身雪に包まれながら、五郎は北海道時代の訓練を思い出していた。
あの頃は、よく訓練で埋められた。あいつが転属してきたときは、敬意を表して俺が埋めてやった。あいつにも俺を埋めさせてやった。それでも、お互いに絶対に弱音を吐かなかった。お前が吐かないなら俺も絶対に吐かない。ただそれだけだった。
雪崩に巻き込まれた日、お前はどんな気持ちでこの中にいたんだ?俺がお前を見つけたとき、お前はとても穏やかな顔をしてたよな。
――一体どうしたら、あんな顔でいられるんだ?
全くお前は、どこまでもできた奴だよ。
俺なんかはじめは余裕ぶっこいてたけど今急に怖くなって震えてきたよ。やっぱり、まだまだだな。器の差を見せつけられて、本当にムカつくよ。
そろそろ、10分になるか。
自分の手から跳ね返ってきた空気では、もう息苦しい。こんな状況になって改めて思う。お前のような同期と出会えた俺は本当に幸せ者だ。
――フフッ。
五郎は急に可笑しくなって一人笑った。
――なあ、お前、俺がもう死ぬかもしれないと思っただろ?
でもそれは違うな、俺は死なない。
なぜなら、今の俺には――
五郎の耳元にザクザクという音が近づいてきた。
「熊野曹長!」
五郎は見事に自分を掘り当てた勇登の潤んだ瞳を真っ直ぐに見た。
――おまえの残した仲間がいる。
*
「もう、大丈夫だ」
UH60-Jの機内に入るとフライトエンジニアが力強い声でそういい、勇登ははじめてホッとした。そして、五郎隊は無事雪山から帰還した。
勇登が基地に戻ると、先に山をおりた教官やほかの同期の元気な顔を見ることができた。
そして、勇登はその足で母のもとに向かった。五郎に顔を見せてこいと命令されたのだ。
由良は勇登を見ると、突然涙を流した。
「ごめん……」
勇登は父が死んだときの母の涙を思い出した。
「違う、これは嬉しくて泣いてるの」
由良はそういって涙を拭くと、精一杯笑った。
小型機の四名の乗員乗客は、機長と副操縦士が死亡、乗客二名が生きて救助された。生存者のうち一名は、勇登たちが救助した男性だった。
その後、実習は仕切り直しとなり、勇登たちは再び山に登ることとなった。
7枚目の写真撮影は、どこからか肉体成長記録写真のことが教官に漏れ、雪山で撮影することになった。寒空の下脱ぐ羽目になり、勇登は極めて寒い思いをした。しかし、寒さを感じられることが、生きていることを実感させてくれた。
そして、神社の御利益か、実力か、勇登たちは無事にすべての訓練を終了した。
24週間に及ぶ自分との戦いは、全員合格という形で終わりを告げた。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。