第8章 (俺×オレ)+(ジョン×五郎) 限界の先にいた仲間 8-4
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深夜0時を過ぎたころ、ジョンはひとりテントの外に出た。
――どうしたら、人とうまくつきあえるんだろう。
心が痛くて眠れなかった。あれからみんなが自分を避けている気がしてならなかった。少し孤立しはじめていることはわかっていた。
どこへ行っても、同じだった。
転属しても、入校しても、最後は一人。
皆静かに離れていく。
でも、どうしたらいいのかわからない。
空には星が瞬いていた。それさえも見ずに膝を抱えて座っていると、人の気配を感じた。
すぐ隣に五郎が座った。ギクリとした。
今日時間に間に合わなかったことを責められるのではないかと思った。しかし、五郎は何もいわず、ただ空を見上げていた。彼の周りにはいつになく穏やかな空気が流れていて、不思議な感覚になった。
しばらくして、ジョンは口を開いた。
「……俺、昔から友達がいないんです」
五郎はジョンのほうを向いた。その目は昼間とは打って変わって、どこか優しさを帯びていて「もっと話してもいいよ」といっているように見えた。
「見た目が日本人じゃないから、なかなか友達できなくて、万が一仲良くなっても、俺がすぐ余計なこといっちゃって、空気読めない、ってみんな離れていくんです。けど俺、ずっと友達が欲しいんです」
自分がどうしてこんな話をしているのかわからなかった。でも、やめようとは思わなかった。
五郎は穏やかな沈黙で話を促しているようだった。
「俺、実は子どもの頃、救難隊のヘリに助けられたことあるんです。家の近くの川の堤防が決壊して洪水になったときでした。そのころから人間関係上手くいってなくて、毎日明日世界が終われば楽になれるのにって思ってました。だから、そのときは、もうこのまま死んでもいいって思いました。でも、家の上でヘリが飛ぶ音がして、気がついたら俺は、二階のベランダから必死に手を振っていました。本当は死にたくなかったんだと思います」
これまで誰にも心の内を話したことはなかった。話せる人がいなかった。
「あのときの感動は今でも鮮明に覚えています。俺みたいな価値のない人間でも彼らは必死に助けてくれました。そのとき俺、思ったんです。こんなにあったかいもんははじめてだって。体は凍えるほど寒かったけど、不思議と心はあったかかったんです。本気で人に助けられたことなんてなかったから。俺は勇敢な彼らに憧れました。だから、たとえ自分の命を落とすことがあっても、俺には人を助ける覚悟があります」
ジョンはグレーの瞳を潤ませながらいった。
「今日はどうしても間に合わせたくて、吉海が動かなくてイライラしました。間に合わなかったことが、本当に悔しいんです」
それまで黙っていた五郎が口を開いた。
「沢井、自分の命を落としてもいい、は違うぞ。自分の命を大切にできないやつは、他人の命も大切にできない。俺たちは一度出動したら、何があっても生きて帰ってこなければならない。今している訓練は、自分はどこまでできて、どこまでができないのかを知るためでもあるんだよ。それから、自分ができることと、できないことを受け入れて、それを現場で判断できる人間になることが大切なんだ。お前、助けられたことあるっていったよな?」
「はい」
「もし自分だけ助かって、助けてくれた人が死んでしまったらどう思う 」
「そんなの絶対に嫌です」
「お前が誰かを助けて、その人の体が助かっても、心が傷ついたんじゃ意味ないんだよ。大きな自己犠牲はときに相手の心を傷つける。だから、俺たちは何があっても死んではいけないんだよ」
五郎はジョンをなだめるようにいった。
そんなこと考えたこともなかった。自分の命は価値などないから、どうなってもいいと思っていた。
「それから、救難は決して一人ではできない。仲間の力が集結してこそ成り立つものだ」
五郎は立ち上がると、都会にはない、透き通るような空を見上げた。
「仲間が欲しいなら、相手に対して心を配りなさい。相手が受け取りやすい言葉をかけなさい。一緒に同じ訓練をしているだけじゃ、決して仲間になんかなれない。仲間は自然にできるもんじゃない、つくるもんだ」
五郎は力強く、満天の星空を見ながらいった。
五郎に促されて、ジョンはテントに戻った。本当はずっと人恋しくて皆と仲良くしたかった。
ジョンは確認するようにささやいた。
「仲間はつくるもの」
そして、いつの間にか深い眠りについた。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。