小説『メディック!』

#09 小説『メディック!』【第1章】1-8 俺×由良 夢のカケラ

2021年6月9日

第1章 俺×由良 夢のカケラ 1-8

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 勇登はドアの前で腕時計を確認した。
 喫茶PJ、閉店10分前。

「ギリギリセーフ!」

 店のドアを勢いよく開けると、努めて明るくそういった。勇登と目が合うと、ナオは挙げていた手を焦って下ろした。

「何がギリギリセーフよ。もう閉店です」
 客のいない店内にナオの声が響いた。

「いいじゃん。少しだけ」
 そういってカウンターに座る勇登に、ナオは口を尖らせながら水を出した。

「今日は何よ?」

「ん?」

「知ってた?勇登は私に話があるとき、閉店間際にくるの」

「そうだっけ」
 勇登は天井を見た。

「そうよ。で、なあに?」

 勇登はここ数日の出来事をナオに話した。ナオはちゃんと聞いてくれると、勇登は知っていたからだった。 


「勇登は優しいんだね」

 一通り話をきいたナオは、開口一番そういった。思いもよらない言葉に勇登は赤くなった。当然反対されると思っていたのだ。ナオは続けた。

「勇登がお母さんを想う気持ちは嘘じゃないと思う。でも、それってお母さんのこと想ってることになるのかな」

「……どういう意味?」

「つまり、自分のせいで勇登がやりたいことやれてないって知ったら、お母さん悲しいんじゃないかな」

「まあ、……そうかもな」

「お母さんがどう思うかも大切だけど、それより、勇登がどうしたいかのほうが大切なんじゃないかな?勇登の話、ずっとお母さんが主役で、勇登はどこに行っちゃったのかなって思った。お母さんと勇登は別なんだし、お母さんがどう思うとかじゃなくて、そういうこと、全部、全部、取り払って素直な気持ちで考えてみたら?」

「それができればこんなに悩まないよ」
 勇登はアイスコーヒーを額につけた。

「じゃあ、仮に、仮によ、家族が全員元気で、問題がなーんにもなくて、どうぞ好きなことして下さいってなったら、勇登はどうしたいの?」

 ――メディックになりたい。

 勇登は心の中で即答していた。でも、言葉には出せなかった。

「なりたいんでしょ」

 ナオの言葉に勇登はコクリと頷いた。

「でも、いいのかな」

「いいも悪いも、それが勇登なんだから仕方ないんじゃない?私は勇登が勇登らしく生きれる道を選んだらいいと思う」

「そうかな」

「そうよ。……それにしても、勇登はお母さんのこと大好きなんだね」

「な!」

 勇登が顔を真っ赤にして反論しようとすると「別にからかってるわけじゃないから」とナオがなだめるようにいった。

「……まあ、嫌いではないよ」

「素直じゃないね」
 ナオは優しい目をしていった。

「だから、勇登の本当の気持ち、私は伝わると思う」

「うん……」

 ナオにそういわれ、勇登は大丈夫な気がしてきていた。

「あと、私思ったんだけど、勇登、大学受験のとき、二回も病気になったじゃない?」

「あ?……ああ、そんな事件もあったな」
 勇登は目をぱちくりさせて答えた。今の問題のほうが大きすぎて、すっかり忘れていた。

「あれって、勇登の中の本当の気持ちが必死に『こっちじゃない!』って教えてくれてたのかも、って思ったんだけど……」

「……それ、新しいな」

「でしょ!」

 ナオはこの日、はじめて笑った。

 受験に失敗したときは、情けないわ、恥ずかしいわで、本気で嫌だった。
 けど、もしナオのいうとおりだとしたら、今が本当の自分に戻るチャンスなのかもしれない。
 逃げずに、今もう一歩踏み込んで、あの事件を正解にしてしまうのだ。

 勇登は、すっかり氷が溶けてしまったアイスコーヒーを飲み干した。
 そして、「よし」といって勢いよく席を立った。

「帰るの?」

「ああ、ありがとな、ナオ!」
 心の底から出た感謝の言葉だった。

 帰り際、勇登はドアの隙間から顔だけ出していった。
「お前ってなんか、ばあちゃんみたいだな」

「ばあちゃ……はあっ!?ちょ、待て、こら、勇登!」

 ナオの声に押されて、勇登はすでに走り出していた。

 勇登は家に帰ってシャワーを浴びた。汗と一緒に体の表面に残っていた迷いも流した。
 きれいになった勇登は由良の机に座り、もう一度、文集に書かれた歪んだヘリコプターの絵を見つめた。

 正直な俺の気持ちは――。

 リダイヤルボタンを押した。

「母さん、俺、勇登。俺メディックになるから」

 通話がはじまった途端、一息でいった。そうすると決めていた。
 由良はしばらく黙ったままだった。聞こえなかったのかもしれない。
 心臓の鼓動が高鳴った。

「……あんたが、自分で考えて、そう決めたの?」

「ああ。俺が決めた」

「……そう。勇登が自分で決めたんなら、それは正しいと思う」

 由良がどんな顔でそういったのか、わからなかった。でも、後悔はしていなかった。

「頑張んなさい」

 あっさりと、しかし力強い口調で由良がいった。
 肩の力が一気に抜けた勇登は「あー、反対されるかと思った」と力ない声でいった。

「反対するわけないでしょ。あんたの父さんは、こ、の、わたしが、一番と認めた男で、その男に近づこうっていうんだから」

 由良は『この私』を妙に強調した。電話の向こうで胸を張る姿が思い浮かんで、勇登は思わす吹きだしてしまった。


 その瞬間、この前見つけたピースが元の場所にぴったりとはまり、心の中にあったパズルが再び完成した。

 勇登がメディックという言葉を口にしたのは、実に6年ぶりのことだった――。

つづく(第2章へ!)

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。


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