小説『メディック!』

#07 小説『メディック!』【第1章】1-6 俺×由良 夢のカケラ

2021年5月26日

第1章 俺×由良 夢のカケラ 1-6

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 ――困った。

 勇登はここ数日で本当に気づいてしまっていた。
 今でも本気でメディックになりたいということに。そのことを考えると、なれたときの妄想が止まらなくなるし、気がつけばいつもそのことばかり考えている。それは誰かに恋をしたときのような感覚に似ていた。 
 はじめて『メディックになりたい』と思ったときの感覚が、みるみる蘇ってきている。

 そして、同時に迷ってもいた。

 自分が本当にやりたいことはわかった。
 けれども、母にどう伝えればいいのか。
 今メディックになりたいといい出したら、母はどう思うだろう。
 反対するかもしれない。泣かせてしまうかもしれない。その仕事で自分の夫が死んでいるのだから――。

 勇登は勉強もせずパソコンを見ながら、そんなことばかり考えていた。いつもは頼りになるネットだが、この問題の答えはネットのどこを探しても書いてなかった。

 ――きっと、答えは俺自身が出さなきゃならないんだ。

 勇登は意を決して、発信履歴から志島由良の名前を探した。

「はい、はーい」

「あ、勇登だけど」

「あんたからかけてくるなんて珍しいわね。それも二度も。どうしたの?」

「ええと。……俺、大学受験やめて、他にやりたいことあるんだけど」

「……ふーん。初耳ね」

「でも、なんていうか、その、うーん。難しいっていうの?」
 いざとなると、どもってしまう自分がいた。

「うん、難しい。それで何をしたいの?」
 由良はどんどん核心に迫ってくる。

「えー、まぁ、そっち方面に行くと色々心配かけるだろうし……」

「うん、心配。……だから、なに?結論からいいなさいよ」

 はじめは優しかった由良の口調が、苛立ちを帯びはじめた。昔からせっかちなのだ。彼女が怒り出す前に勇登はいってしまおうと思った。しかし、由良がせきを切ったように話しはじめた。

「あたしが思うに、勇登、あんた覚悟できてないわね。覚悟決まった人間は、どうしたらそうなれるかばっか考えるのに忙しくて、いい訳なんてしないものなの。それで、あんたはどうしたいのよ?もう一回整理して、結論出してから電話しなさい!」

 そうまくしたてると、由良は一方的に電話を切った。

「……俺は母さんを気遣ってんの。なんでわかんないかなぁ。息子の気持ちが!?自分の子どもの話をゆっくり最後まできくとか、そういうことできないの!?」

 勇登は感じた憤りを携帯に向かってぶつけたが、その叫びは、空しく空を切った。
 ただ、そばにいたニャーがこちらをじっと見ていた。勇登は近くにあった猫じゃらしをニャーの前で揺らした。しかし、彼女はぷいと横を向いて、部屋を出ていってしまった。

「お前もかよ。女はみんな冷たいな」

 勇登は由良の机に突っ伏した。

 時々、由良は母でなく、まるで上官のようだと思うときがあった。彼女には敢えて困難に突き進んでいく前向きさ、そして、それを乗り越える強さがあった。それでいて、明るく気さくな人柄は周囲を明るくした。彼女の周りはいつも笑顔が絶えなかった。
 由良が結婚した当時は、仕事を辞めてしまう人が多かったという。けれども、彼女は仕事を続け、父が死んだ後も自衛官として、勇登を育て上げた。勇登はそんな母のことを尊敬していた。
 普段は完璧に仕事をこなし、制服を着ているときの母は一分の隙もないように見えた。けれども、なんの前触れもなく見せる人間臭い弱さが、この人を助けたい、いや、助けなければと思わせた。

 勇登は机に置いてあった雑誌のF-15の写真を、猫じゃらしでくすぐった。

 ――そういえば、美夏はいい訳じみたこと、一つもいってなかったな。

 何としてでもなってやるって感じだった。
 どうしたらもっとパイロットに近づけるかを考えて、実行してた。 

 でも、俺は彼女とは環境が違う。
 父さんのことがあって、それで、母さんの気持ちも考えなきゃならない。
 無敵だと思ってた母さんは、無敵じゃなかった。
 母さんが泣く姿なんて二度と見たくない。だから、俺は夢を封印したんだ。母さんを守るために。迷うのは当然だ。

 どうすればいいか、もうわからない――。

つづく

※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。


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