第5章 (宗次×亜希央)+俺 もう一人の同期 5-2
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真っ赤な夕日が滑走路の向こう側に沈もうかという頃、勇登は宗次を橋の上で発見した。
小牧基地内には犬山川が流れており、その川を垂直にまたぐ形で滑走路や誘導路がある。そして、人や車が通るための橋が基地内には架けられていた。橋の上からは飛行場地区と今にも沈みそうな夕日が見えた。
「早まるな!」
勇登は叫びながら宗次に駆け寄った。
「この川じゃ死ねないと思うよ」
浅い川の緩やかな流れを見ながら、宗次は冷静に返した。
「魚はいいな。僕もエラ呼吸できたらいいのに」
「……みんな心配してるぜ」
「……さっきはごめん。みんなにも謝らなきゃな」
宗次は小さく息をつきながら笑った。
「勇登はさ、昔引っ越しばっかしてたんだろ?転校先でいじめられたことある?」
「え?いや、ないかな」
突然の何の脈絡もない質問に、勇登は戸惑った。
「そっか、そうだよな。……実は僕、昔ひどくいじめられてたんだ」
勇登は驚きの表情で宗次を見たが、宗次は勇登のほうを向かなかった。
「はじめは軽いものだった。でも日に日に酷くなっていって、最後はクラスに誰も味方がいなくなった。でも、絶対に屈さず一人で耐えてた。助けてなんて口が裂けてもいえなかった。……いじめられてる自分が恥ずかしかったんだ。あ、……突然こんな話、重いよな?」
宗次はハッとして、勇登を見た。
勇登は宗次の目を真っすぐに見るとゆっくりと首を横に振った。
宗次は安心したように言葉を続けた。
「そしたらある日、僕を救ってくれる人が現れた。まあ、近所に住んでた結構よぼよぼの名前も知らないじいちゃんなんだけど、なんていうのかな、目力が半端ないっていうか、それだけで人を恫喝できるんだよ。なんか、若い頃はタイで傭兵してて、本当の戦場を知ってるっていってた」
「すげーじいちゃんだな」
勇登は宗次の話に引き込まれた。
「じいちゃんの威光で、僕のいじめはなくなった。それで僕はすっかりいい気になって、奴らに復讐しようと思いはじめた。それを知ったじいちゃんは僕にいったんだ。いじめは心の弱い人間がするんだって。あいつらは弱い人間で、本当は不幸で可哀想なんだって。あいつらは時に暴力的で強い人間に見えるかもしれない、けど、本当に強い人間はいじめなんてしない。する必要がないんだ、って。お前はそれを見抜けるような強い人間になって、いじめられて困ってる人がいたら救えって」
宗次は橋の欄干を掴むと続けていった。
「だから、僕は強くなりたいんだ。でも、まだなれてない」
そういう、宗次の顔はここ数日の自分に腹を立てているように見えた。宗次は弱い自分が嫌で、強くなるために自衛隊に入ったといった。そして、そこで救難員に出会い、本当に人を救える強い人間を目指そうと決意したのだと教えてくれた。
「僕にはわかるんだ。教官たちは、口では酷いこといいながら、瞳の奥では僕たちを応援してる。頑張れ、負けるな、って」
宗次の口調は力強かった。
「うん。何となくわかるよ」
勇登はかつて救難員だった父を思い出していた。
父は真っ黒で透き通った瞳をしていた。
「実は僕、昔プールで溺れたことがあるんだ。っていうか、溺れさせられたんだけどね。プールサイドから棒で突っつかれて、水から上がれないんだ。水に沈むとあいつらの笑い声が、歪んで奇妙に聞こえるんだ。……もう大丈夫だと思ったんだけどな」
そういって宗次はうつむいた。
トラウマになって泳げなくてもおかしくない話だった。
「今、泳げてるのは……?」
勇登は少し遠慮がちにきいた。
宗次の泳力は明らかに自分よりも上だった。
「ああ、頑張ったんだ。じいちゃんと一緒に。あいつらのせいで泳げないなんて嫌だったし、それを乗り越えたら強くなれる気がしてたから……」
宗次は欄干に突っ伏した。
勇登はただ横に並んで、滑走路の向こうに沈みゆく夕日を、黙って見ることしかできなかった。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。