第5章 (宗次×亜希央)+俺 もう一人の同期 5-6
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「な、あいつ!」
飛び出しかけた勇登の腕を誰かが引いた。
振り返ると、そこには五郎がいた。
*
宗次は自分が飛び込んでいることに気づいた。
――本当は諦めたくなかった。だから、プールに戻ってきた。
どうしてか水中ではすべてが鮮明に見え、これまでとは違う景色がそこに広がっていた。考えなくても身体は勝手に動いて、この後の動きも全てわかっていた。
深いプールの底から見上げた水面は、キラキラと光を反射して、そこが目指すべき場所だと教えてくれた。
宗次は一人で亜希央を引き上げると、ゴホゴホと激しく咳込む亜希央に怒鳴った。
「おい、馬鹿なことすんな!死ぬ気か!」
間髪入れず亜希央がいい返した。
「そっちこそ、ふざけんな!」
その剣幕のすごさに宗次はひるんだ。
「プールに入れませんだぁ?あんたは恵まれてんだよ!わかってんのか!弱音なんて失礼だ!あんたは選ばれた代表選手なんだよ。選ばれなかった人たちの想いを背負ってんだよ。それを、忘れんな!」
亜希央は一呼吸おくと、今度は小さな声でいった。
「あんたは選ばれて、オレは選ばれなかった」
亜希央はうずくまって続けた。
「あんたはできんだから、もっと自分を信じろ。負けんなよ、頼むよ。…………お願いします」
びしょ濡れで訴える亜希央の姿に、宗次の心がギュッと締めつけられた。
――そう、自分は選ばれたのだ。
合格をきいたときは本当に嬉しかった。なのに、過去の記憶に囚われて、大切な気持ちを忘れてしまっていた。
亜希央は両手足を宗次に突き出すと「ほどけ!」と命令した。
ロープがほどけると、亜希央は宗次に背を向け濡れて体に貼りつく作業服を気にしながら歩き出した。
宗次が口を開こうとすると、亜希央は思い出したように「そういえば……」といって振り返ると、声を張った。
「あんたは一番体力あるって教えてやっただろ。誉め言葉もちゃんと受け取れ!自分いじめばっかしてないで、ちゃんと自分のいいところも受け取れっ!」
宗次はこの間、亜希央にいわれたことを全否定したのを思い出した。
「……あ、ありがとう」
それをきいた亜希央は、一瞬とても穏やかな目をしたが、すぐに宗次を睨むとがに股歩きで去っていった。
残された宗次は、しばらくの時間、ずぶ濡れのままプールサイドに座った。
――自分いじめは、これ以上心が傷つかないための予防線だった。
いつも、できたところは完全無視して、ちょっとできないところを見つけては、自分をダメ出しして否定して、ちゃんとやれと罵声を浴びせた。
そう、いつからか他の誰でもない、僕が一番自分をイジメるようになっていた。
人が怖くて、いつも不安だった。
信じていいのかわからなかった。
だから、自らをいじめることで予防線を張ったんだ。
再び悲劇が襲ってきても、平気な顔して耐えられるように――。
宗次は再び服のままプールに飛び込むと泳ぎはじめた。
それを見た吉海が、勢いよくプールに飛び込んだ。剣山も続く。
勇登も行こうとすると、五郎が勇登にめくばせしていった。
「浅井のやつ、女にしておくのはもったいないだろ」
勇登は力強くうなずくと、皆に続いて飛び込んだ。
宗次はその後、教官に懇願し訓練に戻った。
勇登たちも必要であれば同期全員で頭を下げるといったが、その必要はなかった。
そして、全員無事に海上総合実習を終えた。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。