第8章 (俺×オレ)+(ジョン×五郎) 限界の先にいた仲間 8-7
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ジョンから勇登が戻ってこないという報告を受けた教官たちが、ざわつきはじめたころ、亜希央を背負った勇登はテントに戻ってきた。二人はことの経緯を説明した。
救命救急士の資格を持った五郎と正則が亜希央の足の状態を確認し、明日病院で診てもらうということでこの日は就寝となった。
勇登が着替えて寝袋に入ると、ジョンが「大丈夫か?」と話しかけてきた。勇登は少し驚きながらも「大丈夫だ」と返事をした。その後、ジョンが何かいったかもしれないが、勇登は疲れ果ててすぐに眠ってしまった。
翌朝、亜希央は勇登に「ありがとうな、負けるなよ!」といい残すと、山をおりていった。
「お前はいいのか?」
五郎は明らかに社交辞令でそういった。
勇登は「できます。やらせて下さい!」と強く希望した。
「目の前の山を、勇気と勇敢さをもって登る」
そう五郎が呟いて、勇登はドキリとした。それは、勇登の名前の由来だった。
勇登が口を開こうとすると、五郎が続けた。
「やるといったからには、最後まできちんとやれ」
「はい!!」
勇登は両手でほっぺを何回か叩いて気合を入れた。
――あれ?
勇登は愕然とした。途中、足が急に動かなくなったのだ。
怪我でないことだけはわかっていた。それでも、足がいうことをきかない。まるで脳と身体を繋ぐ回路が切れてしまったようだった。
呆然と空を見上げると、自分がどこにいるのかわからない感覚に陥り、なんだか夢を見ている気分になった。青い空に向かって伸びる木々の間に、なぜかナオや母の顔が浮かんでいた。
子どものころ、由良に空が青く見える理由をしつこくきいた。
彼女は「それは勇登の気分がいいからよ」と答えた。
なんだか今、とても気分がいい――。
次の瞬間、勇登は頬に痛みを感じて我に返った。
五郎に頬をパチパチと叩かれて、自分が気絶しかけていたことに気がついた。
勇登は膝を地面につき、上を向いて口をぽっかり開けていた。
――救助に向かわなければ。
状況を思い出して焦って顎を引くと前を見た。しかし、体の筋肉は、石のように固まり動かない。
五郎は勇登ににじり寄ると、優しい口調で囁いた。
「なあ、志島。もうやめてもいいんだぞ。辛いんだろ。こんだけ暑いし、重いんだから仕方ない。リタイヤしたって誰もお前を責めないよ」
それまで鬼のようだった五郎が突然そんな風に声をかけてきた。
勇登の涙腺が緩んだ。
彼は知っているのだろうか、極限状態でかけられる優しい言葉が一番気持ちを揺さぶられることを。
すかさず、五郎が追い打ちをかけてきた。
「お前は昨日浅井を救った。それで十分じゃないか。なあ、車に乗って帰ろう。車は楽だぞ」
――そうだ、俺はもう十分やった。空もきれいな青に見えてる。自分は間違ってない。
五郎の誘惑は強烈だった。
勇登の心が甘い誘いに傾きかけた瞬間、ジョンが後ろで叫んだ。
「おい、勇登!騙されるな!」
五郎はジョンを睨んだ。
ジョンは構わず続けた。
「今辞めたって、結局おまえは歩いて山降りなきゃならねーんだ。教官はお前をおぶっちゃくれない」
剣山、宗次、吉海が驚いた顔でジョンを見た。
ジョンは勇登の背中を叩いていった。
「だったら、やりきろうぜ!」
その言葉をきいた五郎は、にやりと笑った。
つづく
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、組織、名称とは一切関係ありません。